不倒翁(おきあがりこぼし)

うつ病からの再生

うつ病の経験、うつ病から学んだこと

鬱病克服と治療法と鬱病になって得られた経験

うつ病になっても、得られるものがある

悩んでみると人の心のありがたさがわかった
人の心は温かいはずがない、と反論する者もいるだろう。
世間は冷たいし、弱い者、困っている者には容赦なくつけ込んでくる、迫害するものだ
人をけ落とすばかり考えているし、誰も彼も自分勝手だと。

確かに私もお読みいただいたように数々の世間からの冷たい仕打ちを受けた。
その都度、心がえぐられるように傷ついた。
それ以前に私も人の気持ちをあまり考えない人間だった(親父や親父に似た人間には萎縮していた)。
融通がきかない人間だった。

しかし、言いたいことがある。
人ってすばらしい、冷たいものだという二つの意見の相違は、その人の人生に対する取り組み方で全く違ってくる
成功できる者は、たとえ世間は冷たい、非常だと身に染みているとしても、「それがどうした、関係ない」とくよくよ考えない。
そこに足をすくわれずに自分の目標に対して一直線に努力している。

ということはどういうことか?
世間の人の温かさだけ拾える。
冷たさなんて当たり前だから、結果温かみが残る

当たり前なことにとらわれる人はいない。
不安も当たり前、落ち込むのも当たり前。しかしだから、ほっとけるのである。

うつ病から脱することができたのも、不安が当たり前だという気持ちに切り替わることができたことが大きかった。
この考えは何でも適用できる。
苦しいこと、障害になることは自分にとっては当たり前で、それで生きていく心が悩まない生き方につながると思います。

私が鬱病に陥っていたときは、そんなことを考える余裕がなかった。
それよりも若い頃、高校生の時や受験の時、大学の時、会社に入って出世街道に乗っているときは、たしかに不安や落ち込みに足下をすくわれていなかった。
ただガムシャラに頑張っていたのだ。

振り返れば、足を引っぱるものに対して必死で目をつぶって見ないようにしていただけかもしれないが。
しかし、いったん落ち込むと人間は情けない。
悩んだら、あらゆることに悩みを広げてしまう
そして、悩むこと、うつ病という病気との闘いが人生のすべてになってしまう。
人の心が冷たく、いつも攻撃されている被害妄想にとりつかれ、どうあがいても抜け出せなくなる。

もともと私は幼少期から寂しい報われない思いをしてきたが、その反動で完璧主義者故に猛烈に突っ走っていた。
無理矢理悩みに陥る素材を打ち消してきたわけだが、いつか限界が来るものだ。
伸びきったゴムだった。
余裕のない半生だった。

いかに私は視野が狭い状態でもがいていたのか教えてくれたのは岩波先生だった。
自己をしっかり確立していなければ、今の世の中は生き抜いていけない。
精神的な意味においてである。

食べ物に困ることはないから心に悩みが忍び寄ってくるわけだが、精神がやられると何にも出来ない。
そうなったら生きる屍である。食べ物もうまくなくなる。

そんな私に会社は、世間は容赦なく襲いかかった。
しかし、ひとたび自己を確立できたとき、その攻撃はたいしたものではなくなった。
どんどん視野が開かれて余裕とゆとりが心に生まれたときに周りを見渡すと、人の心のありがたみを感じた。

家族の支えが本当にありがたかった(ありがたさは鬱病のどん底の時は負担になってしまったが)。
自分のこと以上に心配してくれたのだ。
余裕のない時、 その心配すらも負担に感じていた。
気休めは言わないでくれとよく思った。

「俺はおまえらを支えなくちゃいけないんだ、この苦しみの中で! おまえたちに俺の気持ちがわかってたまるか」と感じる時もあった。
「死にたくても、死ねないんだ。早く死なせてくれ、楽になりたい」
そのときは家族でさえも、不都合な存在になっていたのかもしれない。

家族のぬくもりをほとんど感じずに育ってしまった私にはかなり負担だったのかもしれない。
自己を確立した今はなんて狭い心だったのかと家族にどう詫びを入れていいのかわからない。

お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」は妻への私の口癖になった。
とにかく、人や世間はすべて自己を投影したものにすぎない。
荒波になるのも桃源郷になるのも自分の心持ち次第だ。

鬱病になってわかった一番の収穫はそのことだった(あとは先生との出会い)。
開眼させてくれた先生に感謝の言葉を贈りたい。

悩むことは決してマイナスではない
マイナスではないが乗り越えてこそプラスに変えられる。
乗り越えられないままだとマイナスはどこまで行ってもマイナスだった。

もう一つ、家族に愛を伝えるとき、無言ではあんまり伝わっていないと言うことだ。
私の両親も確かに教育熱心で立派に育て、苦労して偉くなれ、と「愛」を示していた。
いびつだがそれも愛だった。
しかし、当時の私には怖いものにしか見えなかった。
言葉が何よりも大切だと思う。
言葉に更に感情がのると、私は親父と分かり合えていたかもしれない。

あのときに、両親が私に「愛」を示していたら、鬱病になる下地は出来ていなかったように思える。
だから、鬱病の私を支えてくれた家族に、言葉で感謝を伝えることにした。
素直にありのままの気持ちを伝えることにした。

私も気持ちいいし、相手も気持ちがいい。
人生は考え方一つ変えることで、すべてがうまくいく
でも、考え方一つ変えるといっても、難しい。
それができたら誰も苦労しない。

だからこそ信頼できる方のサポートが必要なのだ。
人は一人では生きていけない
時には敵になる。
同時に見方にもなる。
一人で生きていけないなら、うつ病を克服するためのパートナーを見つけた方がいい。
一人で頑張るのは、それからだってできるじゃないか

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